- 2025年6月20日
サイレントキラー『スキルス胃がん』とは?初期症状と早期発見の重要性

皆さんは、かつて一世を風靡したアイドル、堀江しのぶさんをご存じでしょうか? 1980年代にグラビアアイドルとして絶大な人気を博し、テレビや雑誌で引っ張りだこだった彼女は、23歳という若さで突然の余命宣告を受け、スキルス胃がんによりこの世を去りました。人気絶頂のさなかでの悲劇は、当時多くの人々に衝撃を与え、最近では2024年5月7日放送の日本テレビ系「ザ!世界仰天ニュース」でも、その壮絶な闘病が改めて取り上げられました。
また、同じくスキルス胃がんによって、1993年に48歳で亡くなった人気キャスターの逸見政孝さんをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。ご長男である逸見太郎さんも、最近のインタビューで父親との関係や、世間からの「逸見政孝の息子」という目線に苦しんだ思春期について語られています。逸見政孝さんの死は、多くの方にスキルス胃がんという病の恐ろしさを知らしめるきっかけとなりました。
なぜ、若くして活躍していた堀江しのぶさんや、多くの人に愛された逸見政孝さんが、スキルス胃がんによって命を落とすことになったのでしょうか? その原因は、スキルス胃がんが「サイレントキラー」と呼ばれる所以にあります。
スキルス胃がんとは? その特徴と通常の胃がんとの違い

胃がんは胃の粘膜に発生する悪性の腫瘍で、主に胃の内側の細胞が異常に増殖して発生します。その中でもスキルス胃がんは、胃壁を硬く厚くしながら広がる特殊なタイプです。これは「skirrhos」というギリシャ語の「硬い腫瘍」に由来しており、別名「硬化型胃がん」とも呼ばれます。
スキルス胃がんは、胃がん全体の約10%、進行胃がんに限ると15%を占めると言われています。最大の特徴は、一般的な胃がんのように胃の粘膜表面に潰瘍や腫瘤(しこり)を形成せず、胃壁の内部を這うように浸潤していく点です。病変と正常な部分との境界が不明瞭で、胃全体が硬く厚くなるのが特徴です。このため、肉眼で確認する内視鏡検査でも病変が見つけにくく、発見された時にはすでに転移が見られるなど、かなり進行した状態で見つかることが多いのです。
医学的には「胃癌取扱規約の肉眼的分類」の「4型(びまん浸潤型)」に分類され、早期の胃がんに対して「スキルス胃がん」という言葉が使われることはほとんどありません。進行が非常に早く、診断時にはリンパ節転移や腹膜播種(腹膜への転移)を伴うステージⅣであることが珍しくありません。現在、胃がん全体の5年生存率は70%を超えているのに対し、スキルス胃がんの場合は約10%以下といまだに予後不良とされており、人が発症するさまざまながんの中でも特に難治性が高いと言われています。
また、スキルス胃がんの多くは「非充実型の低分化腺がん」という、悪性度の高いタイプであることが分かっています。これは、がん細胞が正常な腺細胞のように規則的な構造を形成する能力が乏しいため、より進行が速いと考えられます。
スキルス胃がんの初期症状はなぜ見逃されやすいのか?

堀江しのぶさんのケースや逸見政孝さんのように、異変を感じた時にはすでに病状が進行していたスキルス胃がんには、残念ながらはっきりとした「前兆」と呼べるものはありません。
初期の段階ではこれといった自覚症状がないことがほとんどで、たとえ症状が出たとしても、それは以下のような、日常の体調不良や胃炎、胃潰瘍などでも起こりうる、ごく一般的な胃の不調と区別がつきにくいものがほとんどです。
- 胃もたれ: 食後の消化不良感や不快感。
- お腹の不快感、違和感
- 食欲低下
- 胸やけ: 逆流性食道炎と勘違いされることがあります。
- 軽度の貧血: 慢性的な粘膜出血による鉄不足。
- 体重の減少: 食事量が変わらないのに痩せる場合は注意が必要です。
これらの症状は誰にでも起こりうるため、「少し胃の調子が悪いな」「食べすぎたかな」程度に考えてしまいがちで、医療機関の受診が遅れてしまう原因となります。中には「胃が広がらない感じ」という特徴的な症状を訴える方もおられます。
がんが進行すると、より具体的な症状が現れることがあります。

- 胃の痛み(みぞおちの痛み): 腫瘍が神経に触れるほど浸潤した場合に起こります。
- 吐き気、嘔吐: 特に幽門部が狭まると生じるケースがあります。
- 吐血や黒色便(タール便): がん部位からの出血を示唆します。
- 倦怠感: 病状が進むと顕著になる全身症状の一つです。
- 食事がつかえる、すぐに満腹になる
- 下痢
特にスキルス胃がんでは、がんが胃壁の外側に進展し、腹膜に転移する「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」を起こしやすいため、腹水がたまりお腹が張ってくるといった症状が見られることがあります。堀江しのぶさんの場合も、この腹水によるお腹の膨らみが、異変に気づく大きなきっかけの一つでした。肝臓や肺、腹膜などへの遠隔転移がある場合は、黄疸や腹水といった症状がみられることもあります。
スキルス胃がんになりやすい人

スキルス胃がんの明確な原因は、かつては不明とされていましたが、現在ではヘリコバクター・ピロリ菌への感染が主に関与していることが分かっています。一般的な胃がんのおよそ99%がピロリ菌に関与しているとされていますが、スキルス胃がんも同様にほとんどがピロリ菌感染が原因で起こると報告されています。ピロリ菌に感染すると、胃粘膜が慢性的に炎症を起こして萎縮や腸上皮化生が進行し、最終的にがん化に至るリスクが高まります。胃潰瘍や十二指腸潰瘍の既往がある方も、ピロリ菌感染の可能性が高く、リスクが高いと言えます。
ただし、一般的な胃がんと同様に、以下の生活習慣も発症に関与すると考えられています。
- 食生活: 塩分の過剰摂取(漬物や燻製食品など)は、胃粘膜への負担を大きくし、発がん要因になると考えられています。一方で、抗酸化物質(ビタミンC、E)を豊富に含む野菜や果物の摂取は、リスク低減に役立ちます。
- 喫煙: 胃酸分泌を促し、DNAを傷つける働きを強めます。
- 過度の飲酒: 胃粘膜に慢性の炎症をもたらします。
- 遺伝的素因: 家族性胃がん症候群(CDH1遺伝子変異)やリンチ症候群などを抱える場合、胃がん発症リスクが一段と高くなることがあります。一部のスキルス胃がんの発症にも、遺伝的な要因が影響している可能性も指摘されています。
また、スキルス胃がんには以下のような特徴があります。
- 若年層の発症: 一般的な胃がんは50代から罹患率が上昇し、80代でピークを迎える傾向がありますが、スキルス胃がんは堀江しのぶさんのように20代の若年層にも発症することがあります。逸見政孝さんも48歳という比較的若い年齢で亡くなられています。特に若い方に多い「鳥肌胃炎」との関連性も指摘されています。
- 男女差: 胃がん全体では男性の発症率が高いですが、スキルス胃がんは女性に多く見られるという特徴があります。
つまり、スキルス胃がんになりやすい人は、ピロリ菌に感染している人、あるいは感染したことがある人、そして比較的若い女性に多く見られる傾向があります。
スキルス胃がんの検査と診断、そして治療法

スキルス胃がんの発見は難しいとされていますが、いくつかの検査が診断に用いられます。日本での胃がんによる死亡率は依然として高い水準にあり、早期発見が大きな鍵を握ります。
検査方法
- 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ): 食道・胃・十二指腸を直接観察する検査です。熟練した内視鏡医であれば、進行したスキルス胃がんだけでなく、そのもととなる初期の未分化型がんも発見することが可能です。スキルス胃がんの場合、胃の粘膜ひだが腫大したり、胃に空気を入れた際に胃の伸展不良(広がりにくいこと)が見られたりすることが特徴的ですが、初期段階では見つけにくいことがあります。進行すると、ひだから出血したり、一部潰瘍を形成したりすることもあります。 早期胃がんは、お腹の痛みや吐き気などの症状はほとんどなく、無症状の状態で胃内視鏡検査によって見つかることがほとんどです。
- X線検査(バリウム検査): バリウムを飲んでレントゲン撮影を行い、胃全体の形や動きを確認します。かつては胃壁の伸展不良が評価しやすいため、スキルス胃がんの発見に有効とされていました。しかし、直接粘膜を観察できないため、小さながんは見落とされやすいという欠点があります。
- 超音波検査、CT検査、PET-CT検査: 胃壁の肥厚、腹膜の変化、腹水の有無、リンパ節転移や他の臓器への転移などを調べます。CTやPET-CTの精度は近年向上していますが、腹膜播種はかなり進行しないと画像診断が難しいことがあります。
- 審査腹腔鏡: お腹に小さな穴を開けてカメラを挿入し、お腹の中を直接目視する検査です。画像診断では見つけにくい腹膜播種を直接確認できるため、スキルス胃がんの診断において重要な役割を果たすことがあります。
診断
スキルス胃がんの診断は、採取した組織を顕微鏡で調べる生検によって行われます。スキルス胃がんは粘膜下層により深くびまん性に浸潤していくため、胃カメラでも診断が困難な場合もあります。症状や、胃のふくらみにくさ等、疑う場合は胃の粘膜を数か所以上採取する場合もあります。採取された組織は病理専門医によって良性か悪性かが診断されます。
なお胃カメラで異常を指摘できないが、腹部のCTにて胃の周囲にリンパ節が腫れていたりする場合は、超音波内視鏡を用いて胃の外のリンパ節の組織を採取し診断する場合もあります。(この検査は通常入院が必要となります)
治療法
がんの進行状態によって、手術、化学療法(抗がん剤治療)、放射線療法を組み合わせて行われます。
- 手術療法: がんが胃に留まっているステージ0〜IIの段階では、手術による切除が第一選択となります。特に胃壁の浅い層だけを侵している「早期胃がん」の場合は、胃カメラを用いて粘膜表面に限定した病変を切除する**内視鏡的治療(ESD)**が適応となるケースも多く、患者さんの負担が少なく回復も早いというメリットがあります。進行がんに対しては、腹腔鏡下手術や開腹手術が選択され、広範囲に胃を切除し、リンパ節を取り除くこともあります。しかし、腹膜播種や他の臓器への転移が見られる場合は、手術が難しいことが多いです。わずかな腹膜播種も見逃さないよう、手術の前に審査腹腔鏡で腹腔内洗浄細胞診を行うこともあります。
- 化学療法(抗がん剤治療): 現在、スキルス胃がん固有の化学療法は確立されていませんが、プラチナ製剤などの抗がん剤が術後補助療法や転移性胃がんの治療に使用されます。近年では、「ゾルベツキシマブ」という新たな抗がん剤がスキルス胃がんに効果が期待できるとして国に承認されました。従来の抗がん剤と併用することで、新たな希望となっています。また、HER2(上皮成長因子受容体)というタンパク質が過剰発現している胃がんには、トラスツズマブなどの分子標的薬を併用することがありますが、スキルス胃がんではHER2の発現が少ないとされています。
- 放射線療法: 根治目的ではなく、手術の補助や、進行・再発がんの症状緩和目的(がんが増大して食事が通らないなどの症状緩和)で用いられることがあります。
胃がんの治療後は、栄養管理(少量・高タンパク食をこまめに摂る)やダンピング症候群対策(食後の急激な不快感を防ぐために食事を小分けにする)も重要です。また、ピロリ菌に感染している場合は、術後に除菌療法を検討することも大切です。
スキルス胃がんの早期発見と予防の重要性

スキルス胃がんは難治性のがんですが、早期発見が何よりも重要です。ステージIで発見された場合の5年生存率は約97%と、非常に高い数値を示しています。胃がんで亡くなる方は近年減少傾向にありますが、これは内視鏡治療や抗がん剤治療の進歩によるものです。特に、胃を切除せずに治療できる内視鏡治療は、2cm以内の早期胃がんでなければ適用できません。
スキルス胃がんのもとは、小さな陥凹した未分化型がんであり、これが粘膜下層に浸潤し典型的なスキルス胃がんになるまでには少なくとも2〜3年かかるとされています。この間に発見できれば、完治する可能性が高い状態で治療を開始できます。
スキルス胃がんを過度に怖がる必要はありません。予防し、早期発見するためには以下の3つが重要です。
- ピロリ菌の検査を受ける
- ピロリ菌を除菌する
- 定期的に胃カメラ検査を受ける
ピロリ菌の除菌療法により、胃がんの発症リスクを抑えることが可能です。現在の日本では、ピロリ菌治療の認知度向上と胃カメラの普及に伴い、胃がんの頻度は減少傾向にありますが、依然として死亡例は多く、2022年集計では男性で3位、女性で6位とされています。しかし、初期症状が乏しいスキルス胃がんにおいて、最も有効なのはやはり定期的な検診です。
- 胃がん検診: 国が科学的根拠に基づいて推奨している胃がん検診は、50歳以上を対象にX線検査や内視鏡検査が行われています。ほとんどの市区町村で無償または一部自己負担で受診できます。
- 症状がなくても胃カメラ検査を検討: 特に、若年層や女性に多いスキルス胃がんの特性を考えると、「まだ若いから大丈夫」と過信せず、胃の不調が続く場合はもちろんのこと、リスク因子のある方(ピロリ菌保有者、がんの家族歴がある方)や、健康に不安を感じる方は、症状がなくても一度胃カメラ検査を検討することをお勧めします。 私たち経験豊富な消化器病専門医・内視鏡専門医は、わずかな陥凹や不均一な粘膜の様子など、1cm以下のごく早期の胃がんを発見するために、以下のような工夫を凝らして慎重に観察を行っています。
- 通常光観察: 胃の中を丁寧に観察する基本中の基本です。
- 色素散布法(インジゴカルミン): 青い色素を胃全体に散布し、光のコントラストで胃壁の凹凸を際立たせることで、小さながんを見落とさないようにします。体に無害な液体ですのでご安心ください。
- 酢酸散布法: 薄めた酢を胃に散布することで、がんの部分が赤く浮かび上がる性質を利用します。こちらも食品由来で副作用はありません。
- NBI観察法(狭帯域画像強調): 特殊な光を用いて、がん組織に豊富な血管をより鮮明に映し出すことで、早期発見に役立てます。
定期的な検査は、自覚症状が現れる前に病変を発見し、胃を切除せずに治療できる可能性を高める大切な機会となります。たなか内科クリニックでは、皆様の健康を守るために、胃がん検診を含めた各種検診にご対応しております。
気になる症状がある方、あるいは定期検診の時期が来ている方は、ぜひ一度ご相談ください。早期発見・早期治療が、大切な命を守ることに繋がります。